想い|暮らしをつくる
静かに、確かに。それだけでいい家がある。
家づくりで、いちばん大切なのは「無理をしないこと」です。
家は、他人に誇示するために建てるものではありません。
毎日、家族が健やかに、安心して呼吸をするための場所です。
だから私は、広さも、性能も、かかる費用も、すべて実直な数字で考えます。
どれくらいの広さが本当に心地よいか。
夏と冬をどれだけ快適に過ごせるか。
維持管理はできるのか。
それらを決して、曖昧にしません。
広さは、豊かさとイコールではありません。
広い家が、暮らしの重荷になることを、私は何度も見てきました。
また、基本性能が低い家は、寒さや暑さで身体に静かなストレスを与え続けます。
大きすぎる家、性能の低い家、どちらも長く愛着を持って住む場所にはなり得ません。
無駄のない「適正な大きさ」で、「確かな性能を確保した家」をつくること。
これが、私の考える「無理のない家づくり」です。
核心|時間の試練に耐える品質
30年後も、変わらない安心のなかで。
家が時の試練に耐え、長く生き続けること。
それが私の設計の基準です。
10年だけ快適な家では意味がありません。
とはいえ、
「50年、100年先も大丈夫です!」という、まだ私自身がこの目で確かめていない未来の時間を、安易な約束として口にしたくはありません。
私が皆さんと交わしたいのは、もっと地に足のついた、誠実な約束です。
まずは私が生きているこれからの30年、変わらない安心のなかで暮らせること。
そして、私自身が年を重ね、次の世代へとバトンを渡すその時まで、この家が確かな価値を保ち続けていること。
古くなったら壊して建て直す使い捨ての文化ではなく、
住み手の記憶を重ねながら、愛着とともに使い続けられる家をつくります。
そのために私は、構造、断熱、耐久性を、すべて確かな根拠をもって設計します。
特別なことはしません。
奇をてらった難しいこともしません。
ただ、当たり前のことを、ひとつずつ、確実に積み重ねます。
それが、私の目指す「難しくない住まい」です。
提案|適正サイズがもたらす豊かさ
「ちょうどいい面積」に絞り込む理由。
家づくりを深く考えるほど、多くの人が同じ問いにぶつかります。
「本当に必要な広さはどれくらいか」
「日本の移り変わる四季を、どうすれば快適に過ごせるか」
私は、この問いに対して、誇張のない「実直で素直な設計」で答えます。
無駄のない心地よい家とは、次の3つが静かに調和している状態だと考えます。
暮らしの身の丈に合った、健全な予算
空間の隅々まで視線が行き届く、適正な広さ
暑さや寒さを意識すらしない、健やかな空気感
どれか一つでも欠けると、長く快適に住み続けることはできません。
今の時代、ただ「広くて豪華な家」をつくることは、本当の豊かさとは結びつきません。
家を広くすればするほど、建築費だけでなく、将来の冷暖房費や維持管理の手間が増えていくからです。
暮らしに必要な営みを丁寧に整理し、ちょうどいい面積に絞り込むこと。
それは単なるコストの削減ではありません。
暮らしやすさそのものを、美しく研ぎ澄ます作業なのです。
実証|機械に頼らない設計の工夫
呼吸をするように、自然に暮らす。
夏が暑く、冬が寒い家を、機械の力だけに頼り切って解決するのは不自然です。
夏が暑く、冬が寒い、それは設計の工夫で防ぐことができます。
熱の出入りを抑える断熱、すき間をなくす気密。
そして、太陽の光や風の流れを巧みにコントロールする窓の配置。
特別な設備を大がかりに導入しなくても、建築そのものの形によって、年中快適な環境はつくり出せます。
建てるときの費用だけを見ていては、住まいの本当のコストは見えてきません。
日々の光熱費、そして将来の修繕費まで含めて、はじめて全体像が見えます。
最初にどれだけ安く見えても、住んでから手のかかる家は、良い建築とは言えません。
この当たり前を満たせば、家は一世代で終わらず、次の世代へと美しく引き継がれていきます。
複雑な仕掛けや、特殊な設備に頼らず、住む人が自然に、無意識に快適でいられる。
そういう住まいを目指しています。
私は、机の上だけで設計をしません。
実際に私自身が建てた自邸で家族と暮らしながら、温度の広がり方、光の落ち方、日々の使い勝手を肌で検証し続けています。
この生身の実体験があるからこそ、根拠のある、嘘のない設計が行えると考えます。
長く安心して暮らせる家を、一棟ずつ、丁寧に。
それが、私、タイラヤスヒロ建築設計事務所の約束です。